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大阪高等裁判所 昭和42年(ネ)646号 判決 1974年5月13日

原告(被控訴人)

日の丸自動車工業株式会社

右代表者

浅沼安治

右訴訟代理人

宮永基明

外一名

被告(控訴人)

桑原住男

外三名

被告ら訴訟代理人

赤木章生

外二名

主文

原判決を取消す。

原告の各請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審を通じ原告の負担とする。

事実

(原判決の主文)

原告に対し、被告桑原住男は原判決添付別紙登記目録第一、第二の各(1)の登記、被告坪井健次は同第一、第二の各(2)の登記、被告坪井嘉蔵は同第一、第二の各(3)(4)第三の(1)の登記、被告渡辺直明は同第一、第二の各(5)第三の(2)の登記の各抹消登記手続をせよ。

訴訟費用は被告らの負担とする。

(請求の趣旨)

原判決の主文第一項同旨の判決。

(不服の範囲)

原判決全部。

(当事者双方の主張)

次の訂正および追加をするほか、原判決事実摘示のとおりである。

一、訂正

被告ら

原判決五枚目表九行目に「予契完結」とあるのを「予約完結」に、同一〇行目に「意見表示」とあるのを「意思表示」と各訂正する。

二、追加

原告

(一)  売買予約、代物弁済予約の不存在

原告は、被告嘉蔵より、昭和(以下略)二八年六月二九日三〇万円、同年七月一日三〇万円、同年八月五日一〇万円、同年一二月一五日五〇万円計一二〇万円をいずれも弁済期二九年四月三〇日と定めて借入れ、その際、原判決添付別紙物件目録第一、第二、第三の物件(以下、第一、第二、第三物件といい、これを合して本件各物件という)のうち第一、第二物件につき抵当権を設定した。しかし本件各物件につき売買予約、代物弁済予約をしたことはない。

原告は、被告桑原とは一面識もなく、ましてや金銭を借用した相手方でもないので、同人と右各物件につき売買予約、代物弁済予約はもちろん抵当権設定契約をなす筈もない。したがつて、右各物件につき二八年七月二日京都地方法務局下京出張所受付第一四二〇〇号をもつてなされた被告桑原に対する売買予約を原因とする所有権移転請求権保全仮登記およびその後に経由された各登記は、すべて無効である。

(二)  本件登記の無効事由

原告が、被告嘉蔵よりの金借に際し、本件各物件につき、売買予約または代物弁済予約をなしたと仮定しても、次の理由により本件各登記は無効である。

(1) 売買予約、代物弁済予約の予約完結権が、被告嘉蔵から、同桑原、同坪井健次、同嘉蔵へと順次移転するにつき、原告は、債権譲渡の通知を受けておらず、また承諾を与えた事実もない。更に被告らは、原告が本件物件を六〇〇万円で売りに出したが、買い手がつかなかつたなどと主張するが、そのような事実は全くない。

(2) 金員貸借の経緯をみるに、原告は当時訴外株式会社浅野組(後に浅野運輸株式会社と商号を変更)に対し四五〇万円の自動車修理代金債権を有していたが、その取立ができず、従業員に対する給料支払いに窮していたところ、浅野組代表取締役であつた中川和雄が自己と旧知の間柄にある被告嘉蔵を原告に紹介し、金借の段取りをした。このように、金融の逼迫した状況(ちなみに税金は二八年度分以降滞納)下での借金であつたゝめ、利息も月四分五厘ないし五分の高利かつ天引という債務者の窮迫に乗じた暴利であつた。その担保として本件各物件に抵当権を設定した際、被告嘉蔵は、原告に対し数通の白紙委任状を要求して交付をうけており、被担保債権の弁済期前にも拘らずほしいまゝに右白紙委任状を利用して被告桑原に対し所有権移転請求権保全仮登記をなしその後自己に本登記をしたものであつて、以上の経緯によれば、たとい本件物件につき売買予約、代物弁済予約がなされたとしても、被告嘉蔵は当初から原告の無思慮、窮迫に乗じて当時被担保債権の一〇倍に近い価値のあつた本件物件を専ら自己のものとなし不当な巨利を博そうと企図したに外ならないから、本件売買予約、代物弁済予約は、いわゆる暴利行為に該当し、公序良俗に反するといわなければならない。

ところで債権担保の目的で売買予約や代物弁済予約がなされた場合、これを換価清算または評価清算を要する債権担保契約と解しうることは、四二年一一月一六日の最高裁判決以来判例の採る見解であるが、それにも拘らず、特に反社会性、反道徳性の著るしい場合は、更に一歩を進めて公序良俗に反し無効と解すべきことは、四三年一二月四日の大阪高裁判決(判例時報五五六号五八頁)の認めるところである。そして本件は、前者の妥当する場面ではなく、後者の場合に該当するものである。

(3) 仮に本件予約が、清算義務を伴つた債権担保契約と解されるにしても、評価清算の履行として保権を実行するに際しては、事前に、被担保債務者に告知しなければならない。しかるに被告嘉蔵は、原告に対し、予約完結権行使の意思表示など何らの告知もすることなく本登記を了したから、右本登記は、無効な登記原因に基くもので、その後の被告渡辺に対する所有権移転登記も無効である。

(4) 本件被担保債権は、商事債権であるから、原告が被告嘉蔵に対し最後に利息を支払つた二九年五月四日(同日までの支払利息計五〇万〇、七五〇円)の翌日から起算して五年を経過した三四年五月四日の徒過により時効消滅した。

そこで、右債権を担保する本件予約(担保権)も時効消滅した。

(5) 額面一〇万円の約束手形四通計四〇万円の貸借は、不動産担保のない手形割引債務である。

仮に、本件物件が担保は当てられていたとしても、手形の最終満期である二九年五月二九日の翌日から起算して三年を経過した三二年五月二九日の徒過により時効消滅した。

(6) 第三の物件については、担保差入はもちろん売買等もいつさいしていない。したがつて、右物件の登記は無効の原因に基くもので、抹消を免れない。なお、本件物件は、三一年五月三一日被告渡辺に所有権移転登記がなされたが、同被告は、本件物件が担保に供された当初からの経緯を知悉しながら、原告を害する意図をもつて、被告嘉蔵と通謀のうえ所有権移転をうけたものであり、所有権取得をもつて原告に対抗しえない背信的悪意の取得者である。

以上のように、本件各登記は、いずれにしても無効であるから、原告は、本訴において、被告嘉蔵に対し登記の抹消のみを求め、清算金の支払いを求める意思のないことを附言する。

被告ら

(一)  本件予約について

(1) 第三物件

被告桑原は、原告に対し、本件各物件全部を担保とする約定の下に、融資したのである。ただ、第三物件については、原告の関係会社浅野運輸株式会社が、京都信用保証協会より三五万円を借入れるに当り、先順位の担保設定をすることになつているので、同被告への担保差入れは、後回わしにしてほしい旨原告から要請されたから、同被告はこれを了承し、ひと先づ、第一、第二物件の権利証の交付をうけ、第三物件の権利証の交付をうけなかつたところ、そのまゝ受領せず仕舞いになつたに過ぎない。

そして登記手続を依嘱された俣野司法書士は、抵当権設定金円借用証書(乙一二号証の一)に、本件物件全部を記入したが、仮登記申請書類については、直に登記の可能な第一、第二物件のみを対象としたのである。もつとも売買予約証書(乙一四号証)に、第三物件がもれているのは、繁忙と混雑のための脱漏である。右の次第で、第三物件も含めて本件の担保の目的としたことは、間違いがなく、このことは被告嘉蔵の一〇万円の貸金に関する抵当権設定金円借用証書(乙五号証)にその旨が記入されているのをみても分かることである。

(2) 被告嘉蔵が、五〇万円の貸借に際して、書類の作成を依頼した田中司法書士作成にかゝる差入証(乙一一号証)に金額の記入がしてないのは、右貸付以前の一〇万円と四〇万円の貸金を含めて、全債権を包含させる趣旨である。また借用金証書(乙七号証)、差入証(乙一一号証)に第三物件の記入がもれているのは、前同様の理由にもとずく。

(3) 債権譲渡

被告桑原の貸付けた六〇万円の債権は、二八年七月一〇日被告坪井健次に、同月三〇日同嘉蔵に、順次移転され、三〇年七月二三日と同年八月一日とに登記を経由したが、右債権譲渡は、原告においても承認していたものであつて、原告提出の甲一号証(支払利息表)にも、「坪井嘉蔵支払利息」と記入されていること、原告が債権譲渡を前提とし、債権全部の返済方法をしばしば被告嘉蔵と協議交渉した事実などからしても、原告の承認は明らかである。

(4) 代物弁済の効力

一般に、貸金の元利金合計額と代物弁済予約の目的物の予約締結時の価額とが合理的均衡を失する場合、特別の事情のない限り、債権者において目的物を換価処分し、これによつて得た代金から債権の優先弁済をうけ、残金を債務者に返還すべきものとする清算型担保契約と解すべきものであることは、近時の確定した判例である。従つて仮に本件で、被担保債権が五〇万円に過ぎないとしても、代物弁済予約自体は無効とはならず、単に、被告嘉蔵が清算義務の履行をしていない状態に過ぎない。原告の引用する四三年一二月四日の大阪高裁判決は、本件の事案に適切ではない。事実、本件物件は、三〇年八月原告との間で被告嘉蔵の全債権を決済し、剰余金があれば後日これを原告に交付する約定の下にその自由意思をもつて所有権移転本登記がなされた。当時、原告は、被告嘉蔵に対する債務の返済ができず、他方では多額の公租公課に喘いでいた(甲一四号証参照)。すなわち原告は、二六年度以降の固定資産税、市民税、事業税等各種租税を滞納していた。被告嘉蔵は、そのようなことは全然知らず取引を始めた。

二九年二月には、市税滞納処分として本件物件の差押えをうけ、同年一一月には公売の通告をうけて大いに驚き、原告に債権の弁済を迫り、三〇年三月頃から原告も本件物件を処分する意思を固め京都ナショナル電化販売株式会社に代金六〇〇万円で売却する交渉をしたが成約するに至らなかつた。

被告嘉蔵は、原告と再三再四相会して善後策を協議した結果、結局本件物件に設定された仮登記が、他の債権者に優先するので、この仮登記を本登記にすることによつて事態の解決を計ることとし、三〇年七月頃被告嘉蔵は、原告より本登記のための委任状など必要書類の交付をうけ本登記をしたものである。

同被告は、本件物件の所有者となつた後売却先を鋭意探したが、思うように売却できず、やむなく原告の了解の下に、被告渡辺に売却した。

しかしその代金をもつてしても、原告に対する債権の完済をうけることはできず約四〇万円が不足した。

(5) 権利の濫用

被告嘉蔵の債権の内容は、次のとおりである。<編注、下段の表組>

右債権の同年五月一日から四七年一〇月末迄の利息損害金の未払分を利息制限法所定の制限利息に引き直して計算してみても、(イ)の債権につき三九九万六、〇〇〇円、(ロ)の債権につき三三万三、〇〇〇円、(ハ)の債権につき四四万四、〇〇〇円、(ニ)の債権につき三三三万円、合計八一〇万三、〇〇〇円となり、これに元金の合計一六〇万円を加えると九七〇万三、〇〇〇円にも達するが、他に、本登記以降の公租公課等の経費を支出しており、その弁済をしないまゝ原告のなす本訴請求は、被告嘉蔵の損失において徒らに原告を利得させるものであつて、権利の濫用といわざるを得ない。

金額

貸付日

弁済期

利息

損害金

(イ)

六〇万円

二八、七、一

二九、四、三〇

月四分五厘

日歩三〇銭

(ロ)

一〇万円

二八、八、五

二九、四、三〇

月五分

定めず

(ハ)

四〇万円

二九、四、二五

二九、五、二五

年六分

定めず

(ニ)

五〇万円

二八、一二、一五

二九、四、三〇

月五分

日歩三〇銭

(二)  被告嘉蔵と同渡辺間の売買について

被告嘉蔵は、同渡辺に対し、本件物件を売買代金四二〇万円と定め、支払方法として、三一年二月二七日内金一七〇万円(ただし本件物件の占有者荒木敏一、浅野運輸株式会社に対し被告渡辺の負担すべき立退料の一部四〇万円を含む)の、所有権移転登記の日(同年五月三一日)に残金の各支払いをうける約で売渡したものであつて、被告渡辺は、原告主張のような背信的悪意の取得者ではない。

(三)  消滅時効について

原告は、被告嘉蔵の本件債権が、時効により消滅したと主張する。しかし被告らは、三一年五月一七日の訴え提起の当初から債権の存在を主張し応訴してきたのであるから、時効中断の効力があることはいうまでもなく、原告の右主張は失当である。

(証拠)<略>

理由

一争いのない事実

原告が、一九年五月二六日第一物件を、二四年一〇月二五日第二物件を、二二年九月一〇日第三物件を、いずれも売買により所有権を取得し、その旨登記を了したこと、第一、第二物件について原判決添付別紙登記目録第一、第二の各(1)ないし(5)の登記(以下登記目録第一、第二の登記という)、第三物件について登記目録第三の(1)(2)の各登記の存する事実は、当事者間に争いがない。

二本件の経緯

<証拠>を総合すると、次の事実が認められる。

(1)  原告は、第一物件所在地に本店をおき、各種自動車に関する一般工作および買買、諸機械用板金加工並びに附帯業務を営む授権資本四〇〇万円、払込済資本金一〇〇万円の株式会社であるが、営業不振のため、二五年頃不渡手形を出し、銀行取引を停止された。二六年度以降租税も支払えず、二八年五月には、金繰りの悪化により給料の支払いをおくらされた従業員は、ストライキをもつて対抗する状態となつた。同年六月分の給料支払の見込も立たなかつたので、原告の経理担当常務取締役荒木敏一からその頃原告の関係会社であつた浅野運輸株式会社の経理課長島田尚次を介し、同人と懇意な仲である被告嘉蔵に対し、原告所有の本件各物件全部を担保として一〇〇万円の融資方を申入れたところ、同被告は、当初手持金がないことを理由に応諾しなかつたが、他から融通を受けることで、これに応じた。

(2)  そこで、被告嘉蔵は、自己の義弟(妻の弟)である被告桑原に依頼し、同被告から、原告に六〇万円を貸与することとなつた。しかし実際の貸借手続は、いつさい、被告嘉蔵が代理して行い、二八年六月二九日まず内金三〇万円を原告に交付し、同年七月一日残り三〇万円を交付し、合わせて六〇万円を、同日付をもつて、弁済期二九年四月三〇日、利息月四分五厘、利息支払期毎月二五日、遅延損害金日歩三〇銭の約定で貸渡した。原告は右貸金の担保として、本件各物件全部に順位第一番の抵当権を設定し、かつ、売買予約を原因とする所有権移転請求権保全仮登記をなし、債務不履行の場合は、所有権移転の本登記をすることを(予め原告が交付する委任状により貸主が原告の代理人を委任して登記申請できる旨を含む)約した。ところが、第三物件は、先に前示浅野運輸株式会社の京都信用保証協会に対する債務の担保として提供することになつていたので、原告の求めによりその登記の完了後に、被告桑原に対する担保権の設定登記をすることになり、第一、第二物件の登記済権利証、売渡証書、委任状等右各登記に必要な書類及び本件各物件につき所有権移転本登記に要する委任状等の交付をうけた。

(3)  二八年七月二日、前示約定に基き、被告桑原は、右書類を使用して第一、第二物件につき登記目録第一、第二の各(1)の仮登記をした。同月一〇日、同被告は、債権並びに右担保契約上の権利を被告坪井健次に譲渡し、右仮登記についてその旨の附記登記(登記目録第一、第二の(2)の登記)を経由し、更に、被告健次は、同月三〇日、右権利を被告嘉蔵に譲渡し、その旨の附記登記(登記目録第一、第二の(3)の登記)を経由した。

(4)  二八年八月五日被告嘉蔵は、原告の要請により一〇万円を弁済期二九年四月三〇日利息月五分利息支払期毎月二五日の約定で貸与し、担保として、本件各物件全部を提供し、これに順位第二番の抵当権を設定する契約をした(二八年八月五日被告嘉蔵が一〇万円を弁済期二九年四月三〇日の約で原告に貸与し、第一、第二物件につき抵当権設定契約をしたことは争いがない)。

(5)  その頃被告嘉蔵は、訴外荒木敏一振出、原告裏書の約束手形を借用証書代りとして、一〇万円宛て四回計四〇万円を原告に貸与したが、この手形は、二九年四月二五日まで書替えられた(被告嘉蔵の所持する手形は額面いずれも一〇万円、満期を各振出日の一ケ月後とした、振出日二九年三月二〇日、同月二五日、同年四月二〇日および同月二五日の各一通)。

(6)  二八年一二月一五日、被告嘉蔵は、原告の要請により五〇万円を弁済期二九年四月三〇日利息月五分利息支払期毎月二五日遅延損害金日歩三〇銭の約定で貸与し、担保として、提供した第一、第二物件につき順位第三番の抵当権を設定する契約を結んだ(二八年一二月一五日被告嘉蔵が五〇万円を弁済期二九年四月三〇日の約で原告に貸与し、前叙のとおり抵当権設定契約をしたことは争いがない)。その際被告嘉蔵は、原告との間に、第一、第二物件を任意評価額により代物弁済に充当し、もしくは第三者に処分し、その売得金をもつて、債務の弁済に充てる旨の代物弁済予約を締結したが、その旨の登記はしなかつた。

(7)  その後においても、原告の財政事情は、悪化する一途で、前記貸金の各弁済期を経過しても到底返済の見込みがなく、他方、原告の滞納した租税の徴収につき、徴税機関からきびしく督促された。そのため、原告および被告嘉蔵は、しばしば会合して協議のうえ、本件各物件を第三者に売却処分し、売得金をもつて返済に充てることとし、原告常務取締役荒木敏一が親密であつた訴外京都ナショナル電化販売株式会社に本件物件の買取方を打診したところ、同会社は、本件物件を調査し買取の意向を示した。しかし、同会社の希望する売買条件について、ことに売買代金五〇〇万円ないし五五〇万円の支払方法について折合いがつかず売買の合意に達しなかつた。

原告および被告嘉蔵は、その他に、不動産仲介業者にも売却を依頼したが適当な買い手が見つからなかつた。

(8)  二九年一一月、原告の滞納した京都市税(二六年度分から二八年度分まで合計三八万三、五一八円)の徴収につき、差押中の本件物件を公売処分するが、被告桑原において仮登記放棄の代償額を提示するよう京都市から申入れをけたので、同被告から知らせをうけた被告嘉蔵は、公売を回避するため、自己名義に登記することを決意し、原告常務取締役荒木敏一にこの旨告げたうえ、原告から交付を受けた登記委任状その他の書類を使用して、第一、第二物件につき登記目録第一、第二の各(4)のとおりの仮登記に基く所有権移転の本登記を、第三物件につき同第三の(1)のとおりの所有権移転登記を、それぞれ経由した。

(9)  三一年二月二七日、被告嘉蔵は、自己の債権を回収するため本件各物件を被告渡辺に代金四二〇万円位で売却し、登記目録第一、第二の(5)第三の(2)どおり被告嘉蔵から被告渡辺に対する各所有権移転登記を経由し、被告嘉蔵は、右代金を前記各貸金元利損害金の弁済に充当した。

以上のように認められ、<証拠排斥省略>。

三担保契約の成立並びにその性質について

(一)  おもうに、貸金債権担保のため不動産に抵当権を設定する契約を結ぶとともに、右不動産につき売買予約の形式をとる契約が締結された場合において、契約時におけるその不動産の価格と弁済期までの元利金額とが合理的均衡を失するようなときは、他に特別の事情のない限り、右契約は債務者が弁済期に債務の弁済をしないとき債権者において目的物件を換価処分し処分代金から債権の優先弁済をうけ残額は債務者に返還する趣旨の担保契約であると解すべきである。ところで、前記認定の諸事実に原審証人矢部安治郎の証言(第二回)並に原審鑑定人広瀬久男の鑑定の結果を総合すると、本件各物件の前記貸付日当時の時価は、前記被担保債権の元利金(利率は利息制限法附則四項により旧法適用)の数倍に相当したのみでなく、前記のように、弁済期経過後において、当事者は、本件物件を第三者に処分し処分代金をもつて貸金債権の弁済をなすべく八方奔走したが果さなかつた事実、結局被告嘉蔵名義に本登記後同被告が被告渡辺に売却して売買代金から債権の回収をした事実を合わせ考えるときは、他に特別の事情の存しない本件売買予約は、弁済期における債務不履行を条件として、債権者において、目的不動産を換価処分し、その代金から債権の優先弁済をうけ、残額は、清算金として債務者に返還する趣旨の担保契約と認められる。

更に、当初原告の一〇〇万円の金借申込みに対し、被告嘉蔵は、本件物件全部をその担保に提供する条件で承諾したものであること、前示事情により第一回の貸金は、被告桑原が貸与したが、最終的には被告嘉蔵が債権者となつていること、第一回貸借から最後の貸借に至るまで、手形関係を除き、個別に抵当権設定契約を結びながら、その登記をしなかつたこと、最終貸借の際は、金額欄を空白とする第一、第二物件を目的とした代物弁済予約を結んだに拘らず同様に登記をしていない事実、第一回の貸借において第一、第二物件につき売買予約を登記原因とする所有権移転請求権保全仮登記を経由するとともに、全物件につき所有権移転本登記をするに必要な書類を交付している事実に徴すると、当事者としては、個別に抵当権設定契約を結んだものの、実際には、抵当権の実行をする意思はなく、もつぱら最初の貸借における売買予約を包括的非典型担保となし、その実行により全部の債権債務の清算をする意思であつたと推認するのが相当である。

もつとも、本件第三物件については、前叙のとおり当初担保差入れを約しながら、遂に、抵当権設定登記はもとより売買予約、代物弁済予約に基く仮登記をも経由していないので、これは後にこれを除外することに変更したのではないかとの疑問があるかもしれない。

しかし、前掲甲五五号証(登記簿謄本)によれば、浅野運輸株式会社の京都信用保証協会に対する元本極度額三五万円の債権を担保する順位第一番の根抵当権設定登記の申請受付は、三〇年一月二二日である事実が認められるから、右物件を先に信用保証協会のため担保に供し、次に、本件貸金の担保に供する旨の約定によつて、本件全貸金の弁済期を経過し、本件物件処分のため原告、被告嘉蔵らが、奔走した頃まで、遂に、本件貸金担保のための担保権設定登記をすることができなかつたことが明らかである。右先順位担保権設定登記義務の履行遅延およびこれに因る担保権設定登記義務の履行遅滞は、原則として原告側の責に帰すべき事由と解すべきであるから、本件第三物件につき売買予約証書を作成しなかつたことないしは担保権登記の欠缺する一事によつては、第三物件が本件貸金の担保ではなかつたということはできず、他に格別の反証のない本件においては、第三物件が担保の目的でなかつた旨の原告の主張は採用できない。

なお、最初の貸借における売買予約によりその後の貸金をも包括して担保する趣旨であれば、個々の貸借に際して個別に抵当権設定契約を結ぶ必要はない道理であるけれども、最初の貸借が被告桑原を債権者とするものであつたゝめ根抵当の設定は、潔しとしなかつたと推測される一方、弁論の全趣旨によれば、消費貸借の性質上、個々の貸借につき担保差入れの趣旨を典型担保の形式を借りて明示する必要性がなかつたとはいえないので、右事実の存在も、前段認定を左右するものではない。

(二)  原告は、仮定的主張として、本件担保物件の価額は被担保債権の一〇倍近く、原告の無思慮、窮迫に乗じて契約したもので、反社会性、反道徳性が著しく公序良俗に反し無効であると主張する。

しかしながら前叙のように、本件貸金は、原告が自己の倒産を防止すべく、本件物件を担保として提供することを条件に被告嘉蔵に一〇〇万円の融資を懇請した結果成約に至つたものであつて、当時、本件物件の価額が主張のような高額ではなかつたことは、前記認定のとおりであり、かつ、原告の経営状態が極めて不良で、始めから債権の回収の困難が或程度予想されたこと、当初の貸借は、特に被告嘉蔵が義弟に頼んで融通したことなど諸般の事情を参照すると、本件貸借が相当の高利であること並びに原告が、被告桑原、同嘉蔵に支払つた利息の合計額が、五〇万〇、七五〇円に達する旨の原告の主張事実を考慮しても、当時の経済情況下にあつては、本件貸金並に担保設定契約が原告主張のように反社会的反道徳的であつて公序良俗に反する暴利行為と認めることができないので、原告の右主張は採用できない。

(三)  原告は、元本六〇万円の貸金債権並びに売買予約完結権を被告嘉蔵が取得するまで、債権譲渡の通知をうけて居らないし、また、売買予約の完結権行使、担保権実行の告知もうけていないから同被告のなした所有権取得本登記は無効であると主張する。

本件貸金中元本六〇万円の貸金は、被告桑原が原告に貸与し、その他はすべて被告嘉蔵が直接原告に貸与したことは、前認定のとおりであるところ、原審(第一回)並びに当審(第一回)における被告嘉蔵本人尋問の結果によれば、第一回の貸金債権および担保権を順次同被告まで移転するにつき原告に対する譲渡通知を欠いたことは、原告主張のとおりである。

しかしながら、二、の冒頭掲記の証拠によれば、被告桑原の貸付も被告嘉蔵において全面的に代理しており、同被告は被告桑原から金貸しを嫌忌する意向を示されたので、被告健次に依頼していつたん立替えてもらつた後最終的に自己の債権としたものであつて、このような事態は、始めに原告との貸借を承諾したのが被告嘉蔵であることからしても、当然予想され得たのみならず弁済期経過後原告並びに被告嘉蔵が債権の弁済、担保物の処分に関して協議した際、原告は、売買予約の権利はもとより全部の債権が同被告に帰属することを前提として協議を重ね、交渉当事者も同被告のみであつた事実によつて考えると、原告は、遅くとも、前記協議において、全債権および本件物件に対する売買予約の権利が被告嘉蔵に帰属することを承諾したと認めるのが相当であり、また同被告は、前記のように本件物件が原告に対する租税滞納処分の執行として、公売されるおそれがあつたし、他に売却することもできなかつたので、止むなく、自己名義に本登記手続をする旨、原告常務取締役荒木敏一を通じ原告に通知したうえ所有権取得の登記をしたのであるから、原告の右主張は採用できない。

(四)  最後に、原告は、被告渡辺は、同嘉蔵と通謀のうえ害意をもつて本件物件の所有権を取得したから、被告渡辺は背信的悪意の取得者として、原告に所有権取得を対抗できないと主張する。

しかし、本件の全証拠を精査しても、原告を害する意図の下に、被告嘉蔵同渡辺間の売買がなされたと認むべき証拠はなく、却つて、原審並びに当審における被告嘉蔵(各第一、二回)、原審における同渡辺各本人尋問の結果に弁論の全趣旨を総合すると、被告嘉蔵は、本件貸金の回収を目的として、同渡辺に担保物件を売却処分したのであり、これより先、三一年四月二九日、既に、原告は株主総会において解散を決議し、同年五月二日付をもつて解散登記を経由しており、到底買戻し(ないし債務弁済)の能力はなく、被告嘉蔵から要求されたがこれに応ずる意思すらなかつた事実が認められ、これに反する証拠は存しないから、原告の右主張も採用できない。

四本件担保の清算について

債権担保のため売買予約がなされた場合において、債務者は、債権が清算されるまでは、元利金を弁済して目的物件を取戻すことが可能であるけれども、債権者が売買予約の完結により目的物の所有権を取得したとして、第三者に譲渡し、所有権移転登記がなされた後は、債務者は第三者から目的物の所有権を取戻すことはできず債権者に対して清算金を請求するよりほかに方法がないと解すべきである。本件につきこれをみるに、被告嘉蔵から担保権の実行として本件物件の売買譲渡をうけ所有権取得登記を経由した被告渡辺は、原告主張のような悪意の取得者ではなく善意の第三者と認められること前記のとおりであり、本件貸金債権の時効消滅に関する原告の主張は、前提を欠き採用に由なく、原告は、もはや本件物件を取戻すことはできないというほかない。また、当審における釈明に対し、原告は、被告嘉蔵に対し本訴において右清算金の請求をする意思のない旨を明示している。

五結論

そうすると原告の本訴各請求は、その余の判断をなすまでもなく、全部失当で理由がないから、これに反する原判決を取消して、これを棄却すべく、訴訟費用の負担につき民訴法八九条九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(前田覚郎 菊地博 仲江利政)

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